Benjamin Fenninger

1981年 フランス・ストラスブール生まれ

サッカーコーチ/サッカースカウトマン
FFF(フランスサッカー連盟)公認のゴールキーパー指導ライセンス保持

元セミプロのサッカー選手
アルザスでNO.1のゴールキーパーのタイトルを獲得
元U-18(18歳以下)フットサルフランス代表

2016年末 日本に移住

2018年5月 カフェ&ギャラリー Maison Fenninger をオープン

2019年〜2020年 レアル・マドリード公式サッカースクール
宮崎都城校アシスタントコーチ

2019年よりカフェにお越しくださるお客様のリクエストにお応えし、フランス語講座を開催

2021年 宮崎市内のフランス語サークル専任講師

 

原田かおり

1976年宮崎県都城市生まれ

長崎外国語短期大学と白百合女子大学でフランス語とフランス文学を学ぶ。

19歳の時に国際交流奨学生としてアンジェカトリック大学の夏季講座へ参加。
初めての海外体験で、恐怖心から一人で行動できないもどかしさと、
言葉が通じない悔しさを味わう。

翌年、リヨンカトリック大学の夏季講座へ参加。
ひとり旅ができるようになる。

パリからサン・マロへ行く途中の電車の中の出来事を書いた原稿が書類選考を通過し、
朝日新聞社主催のフランス語コンクールに出場。
在日フランス大使をはじめ、各所で活躍されている先生方の前で3分間の弁論を披露。
質疑応答でうまく答えられず撃沈。
この体験がフランス語習得への思いをさらに強くする出来事となる。

就職氷河期世代で就職活動に四苦八苦。
卒業後はフランス語とは無縁の会社に就職する。

2003年、フランスへの思いがまた強くなり退職。ニースとリヨンへ留学。

リヨン留学途中に母が病に倒れ、日本へ帰国。
東京のアパートを引き払い、実家での暮らしがスタート。

フランス語は趣味程度に勉強を続けつつ、
ガラス工芸トンボ玉を習得し、販売できるところまで到達する。

実家での生活に不満はなかったが、ぬるま湯生活は続けたくないと思いはじめると同時に、
またフランスへの思いが強くなる。

今フランスへ行かなければ、行けなかった原因を母のせいにしてしまうのではないだろうか?
母を責めて嫌いになってしまうのではないか?
自分の人生を歩まなければいけないと思い、2008年、30歳の時に渡仏。

ストラスブール大学付属語学学校に1年間通い、DALF C2を取得。
当時、フランスの政治経済にとても関心を持っていたため、
グランゼコールIEP (Sciences Po) ストラスブール政治学院に入学。

欧州政治学のディムロムを取得できたものの、修士課程に進むには点が足りず卒業。
(グランゼコールの入学時には外国人枠があるが、試験はフランス人エリートと同じものを受けなければならない。)

Sciences Po での生活では何度も病気になったくらいハードだったため、
1年間くらいは趣味のフランス映画鑑賞がしたいという単純な動機で、
ストラスブール大学 芸術演劇学部 映画学科3年次に編入。

必修科目の多さに辟易しながらも、
シナリオ制作やカメラワーク、写真などを学び、学士号を取得。

2013年、夫 Benjamin と出会う。事実婚を開始。

2014年、長女を出産。

2015年、長男を出産。
母の病が進み、高齢の父一人では介護が大変だということで、
日本へ移住することを決意。車椅子生活の母が暮らしやすい家+カフェを建て始める。

2016年、12月に日本へ帰国。

2017年、結婚。宮崎県三股町に移住。

移住してすぐに母が他界。
その2ヶ月後に次男を出産。

2018年、5月にカフェ&ギャラリー MAISON FENNINGER をオープン。

2019年よりカフェにお越しくださるお客様のリクエストにお応えし、フランス語講座を開催。

2021年 宮崎市内のフランス語サークル専任講師。

2021年3月 フランス語オンライン講座ふらんすらぼを立ち上げる。

カフェ&ギャラリー  MAISON FENNINGER のHPはこちら

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